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はじめまして ~いまだ 古井戸 です~

はじめまして

あたらしく加わりました、いまだ古井戸(ふるいど)です。よろしくお願いいたします。自己紹介を兼ねて、最近のこと・思ったことを書き込みます。良ければお付き合いください。

むかしそのむかし、中学生だったころ。(「最近」と言っておきながら、ですが)高校入試で、高村光太郎の「道程」の感想文を書きました。「僕の前に道はない 僕の後ろに道はできる」その開拓精神がなんちゃらかんちゃら…というような作文だったような記憶があります。

今日、暖かい日差しのさすなか歩いてて、突然そのことを思い出しました。はぁ、なんですか突然・・・と自分につっ込みを入れながら。そして、言葉にならないものをひしひしと、この身で感じました。そうなんだなぁ、そういうことなんだなぁ、と。人生も多分折り返し地点を越えて、いま生きてます。いろんなことがあったような・・・赤恥もかき、なみだも流し、汗も流した、かな・・・

人生の目的

ある時、あなたの人生の目的は?って聞かれたことがありました。すました顔して「死ぬまで生きることです」って答えたのを覚えています。実は「目的はないです」がほんとの答えだったんだけど、ちょっと体裁を取り繕いました。「これを達成したい」「こうなりたい」というのがなかったのです。

実はじつは、今も、ありません。
わたしって、夢も希望もないにんげんなのかも、と思ったり、しらけて生きてる、ってこと?と思ったり、かわいくない!と自分に突っ込みを入れたり。

これでいいのだ・・・

今日、道を歩いてて「そうなんだ」って思って、ちょっと胴体の真ん中あたりが温かくなった感じです。これで・・・いいのだ・・・ただ歩くっていうこと。そして、歩いたそこが道。「道をつくるために歩く」のでもない、少なくとも、それをもくろんで足を動かすわけでない。一日、いちにち、生きてきて、そして、今日、さだちゃんのいぼに、わたしは居ます。

ロック

「私の人生にはロックが欠けていた」 7~8年前に書いた文のタイトルです。


固くまじめに生きてきて、私は思春期にコケました。コケた後も、身についたまじめさは外から見てもわかったようで。その一方で内には激情と反抗心とやたら正義感と絶望を抱えていて(なんかじぶんでかいててこわいですね・・・)

その私が、中年すぎてから、ロックを聴くようになりました。「私にはこれが欠けてたんだ!」と実感。遅まきながらライブに、フェスに、うろうろと。身体能力の限界はわきまえ、モッシュには加わりませんが(実はしたい!とってもしたい、と思っている・・・)

それが、今年。感染症が拡大して、行動を変えることになり。フェスもライブも行ってません。かろうじて行けた新春ライブが懐かしい!しばらくじ~っとしていて思うことは・・・


ああ、ロックって、もしかして、おんがくのことじゃないんだ、反抗心のことでもないんだ、頭染めることでもないんだ・・・(ほんとに単純で安直な発想・・・)

使い果たすこと

あと何年生きてるかな、わたし。持ってるものを、使い果たして、死んでいきたいかも。
べつに、有り金はたくっていうんじゃないのです。自分に与えられた日々・熱量をつかいつくして消えていきたい。「死んでしまって命も体もないけど、こんなに何か残っちゃいました」じゃなくて。


もちろん今も、「ロック」は好きです。そして、それは音楽だけのことじゃあないって少しずつ分かってきました。今の私の人生の目的は、持ってるものを使いながら、死ぬまで生きること。それが、本物の私として生きることなのかもしれない、そんな風に思っています。

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あなたはどう生きていますか?

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